東葛経営活性化協会コラム第32回
今回のコラム執筆は間隔が短く、今年の4月以来となる。
4月中旬からずっと米国に滞在中で、9月を前に日米の経済状況の変化や、米国大統領選挙のダイナミックなうねりを体験しながら過ごしているが、この4か月間の実体験を通した2つの題材を日米比較の雑談として提供してみたい。
1. 大学非常勤講師
ご存じの様に、米国の教育現場は新学期が9月頃から始まり、5月頃に期末を迎える。
今年から、我が家から近い歴史と由緒のある公立(州立)大学の日本研究学部でボランティアを始めたところ、4/30に4年生・大学院性対象の、最終週の2つある講義枠の1つを受け持つことになってしまった。
講座は75分の大衆文化論でManga: History&Culture、学生にとっては、最終試験前の外部講師による息抜きといったところである。内容は、自分の幼少のころから大学生くらいまでに経験した、漫画・雑誌・映画を題材に、当時の日本文化・メディアや状況を、パワーポイント10枚程度にまとめて雑談として提供した。階段教室で70人位の学生相手に1時間弱の話をしたが、さすが日本文化に興味のある優秀な学生達だけあって、質疑応答が20分以上の大盛況で、75分コマがあっという間に経過し、大変有意義で楽しい時間を共有する事ができた。今回強く感じた事は、学生達の積極性・パワーと興味の多様性である。米国では各個人が小さいときから自由に質疑応答、議論する教育現場で育ってきている事を、身を持って体験でき、快感を覚えた。一方日本では、学生に限らず個人が特定できるような場面での積極的な質問や意見はあまり出ず、必要な場合は終了後に個別対応を求めるという状況になりがちだ。WEBの匿名性故の社会問題や炎上も同じルーツだろう。教育スタイル・奥ゆかしさ・はたまた同調圧力等で、知り得る意見や議論の幅が狭まっているのであれば大変残念に思うが、現在の日本の教育現場ではどうなのだろうか?学生の自主性が米国同様発揮できているのならばうれしい限りである。
また今回の講義を通して“透明性”と“フェアネス(公平性)”について大変感銘を受けた事を是非追加しておきたい。それは、この雑談の準備の為に受領した講座資料が、履修要領として以下の項目を含めて、全て学生にWEB公開されている、という事実である。
講義内容詳細と必要購入書籍リスト、クラス構成、レポート・出席・ポップクイズ・各試験の採点構成と点数配分、成績グレード評価の点数基準、全15週の各コマの講義内容、レポート書式、教授とのコミュニケーション方法等。
特に出席はAttendance(その場にいること)ではなく Participation(参加)して初めてカウントされる事になっている。難関を突破して入学してきた学生に対する公立大学の真摯な姿勢と、卒業単位取得の緊張感を、がっちりと感じた次第である。
2. 生成AI
日本でもChat GPT をはじめとして、企業を含めた種々の場面における生成AIのトライアルや有効活用がニュースを賑わしている。AIによる企業の宣伝映像が流れ、過去のデータから学生が講義用レポートを簡単に自動作成できる時代となってきた。逆に教授陣は、学生に何を求めて何処を評価するかをしっかり考えて示す必要がある時代になったと言えるだろう。
閑話休題、今回の北米滞在中にAIの具体的な活用例を生活レベルで直接体験した事を含めて、北米でのAIユースケースを紹介したい。
1)医療分野
4月後半にいささか体調を崩し、地元の総合病院を受診するはめになった。
診察に先立ち、担当医師がこれからの問診内容や応答にAIシステムを使用してもよいか?と聞いてきたので、興味が沸き了承したところ、以下の説明を受けた。
*昨年秋に導入したプログラムで、患者の個人情報は匿名化した上で症状等をBIG Dataに取り込む。
*問診内容はAIが診療レポートを自動作成し、医師が内容を精査後に添削した内容を提供する。
*診察検査結果はデータに取り込み、処方や投薬・処方箋はAIが概要を自動出力後、医師が精査確認して最終判断し、署名の上、提供する。
つまり “問診に対する患者の話や症状、話し方、語彙からの音声データをAIに取り込み、医師のカルテ内容をAIが素早く代行作成し、医師個別の経験や知見以上の症例・知見プールからアルゴリズムに基づいて最適解と処方箋をAIが提供し、医師が経験に基づいて最終判断を下して署名後、患者に説明・レポート・処方箋を提供する、というシステム” が既に運用されていると言うことを体験した。
問診に応じて、自分の話した詳細内容の音声が見事に文章化されて、それに応じた医療行為の最適解が、医師の最終判断のもとでスピーディーにレポート化され、さらに症例と処方の参考文献や資料の概要、及びそのWebアドレスまでが添付されたレポートを医師から渡された時は驚きであり、思わず感心してしまった。またレポートは後日じっくり読み返すことができ、参考Webも閲覧することができた。
AIに学ばせる情報の精度や量、個人情報の保護、開示説明義務等のリスクや問題点も指摘される生成AIではあるが、業務の効率化やコスト削減、個別医師の勘違いや判断ミスの解消、患者へのコミュニケーション不足の改善、医師不足や負担の軽減等、適正なユースケースでの生成AIの利用であれば、享受できるメリットは非常に大きく、医療事業を大きく変革できる有効手段であると痛感した次第である。
ちなみに、患者がAI診療を了承しないケースは、導入後数万例のうち0.005%とのことだ。
手前味噌だが、BIG DATAと精度向上に一役買うことができたと自負している(笑)。
日本の医療現場ではどの程度進捗しているのであろうか?大変興味深い。
2)文化施設
米国には、世紀の問題を次世代に残していく使命と努力の結果として、複数の都市にホロコースト博物館がある。首都ワシントンDCのそれは、スミソニアン施設としてユダヤ系遺産と世紀の犯罪を非常に生々しく記録・展示・無償公開している。観光アトラクションとは軽々しく言えない重い内容だが、ワシントンDCに行く機会があれば、訪問を是非お勧めしたい。
ユダヤ系民族は戦後アメリカ各地に戦火を追われて移民しているが、ホロコースト被験者は80-90歳台と高齢化が進み、機会損失の危機感から生の声を残していく努力に生成AIが有効活用されている。次世代へ体験を伝えたい複数の被験者の談話は、これまでテープやビデオが媒体であったが、断片的でなく、包括的に種々の体験談をBIG DATA化し、種々のキーワード入力で短い談話が対話形式で出力できるような取り組みがなされている。具体的には、博物館の訪問者がスクリーンに向かって音声で質問すると、被験者の音声映像が対話形式で答えるというシステムである。生成AIは、米国の複数大学の図書館システムをベースとし、音声入力対応のアルゴリズムに基づく解析により最適回答を提供する。またプログラムを支援する基金は映画監督のスピルバーグ氏が始めたユダヤ系基金が中心となっているようで、産学の幅広い強力な支援サークルが後押しをしている。ホロコーストに関する情報はミスリードやフェイク・誤った内容も多い為、入力情報の精度と、キーワードに対する応答の端的化が最大のポイントらしい。
日本も戦争体験や負の遺産に関して、次世代へ正確な情報を残していく上で、同様な取り組みが必要ではないだろうか。
生成AIの特性を考えると、医療分野と同じく、自分が経験してきた開発・生産部門はユースケースとして多大なメリットを享受できるように思う。具体的には、業務の効率化(手始めに、音声入力によるレポート・報告書自動作成など)やコスト削減、勘違いや判断ミスの解消、個人能力に頼らないスピーディーな最適解の探査、部門間のコミュニケーション不足の改善、イノベーション創出への注力等、まさに良い事尽くめである。
運用サイドの重点ポイントとしては、入力データの正確性や入力の仕方(AIの学ばせ方)、AI解析結果を人間が責任をもって最終判断すること、社員リテラシー向上等々であろう。
しかしながら、大前提は、経営層がAIの将来を理解し、組織のビジョンにAIを組み込み、投資し、活用を率先垂範することである。トップランナーとは言わずとも、AI活用で先行すればその事例のプロセス自体がビジネスネタになり得ないとも限らない。
周りの様子を見ている場合でもなさそうである。いかがだろうか?
東葛経営活性化協会 顧問 安田 智